蜜の流れる機械HP

The
killer
from
69
小倉蛇
(Hebi OGURA)
プロフィール

PISTOL CONTE

暗殺のポルノ

 一本のフィルムが彼を殺し屋に変えた。
 それはビデオといえばVHSのテープが全盛のころ、レンタルビデオ店の片隅に、間違って入荷してしまったかのように置かれていたモノクロの低予算ポルノで、60年代の終わりに製作された映画をビデオ化したものだった。
 タイトルは『暗殺のポルノ』といった。
 同じ一人の女を愛している二人の殺し屋がいて、組織の謀略で女は殺され、二人はお互い相手が女を殺したと誤解し、果てしない死闘を演じることになる、そんな映画だった。そのころは女の裸さえ出てくれば、どんな内容でもポルノ映画になった。
 黙はそれを見て殺し屋になろうと決意した。いや、はじめからそうはっきりと決めていたわけでもないが、後から振り返ると、それがそもそものきっかけなのだった。
 とにかく彼はまず銃が撃ちたくなった。それまで真面目に工場勤めをしていた彼は、夏期休暇にハワイの射撃場へ行き銃の練習をした。次の正月休みにも。その年には連休や有給休暇も利用して何度もハワイへ行った。ただ銃を撃つのが目的で。
 旅費がかさんで貯金も尽きかけたころ、射撃場で一人の男が彼に声をかけた。一見ふつうのサラリーマンといった日本人で大きなサングラスをかけていた。その男は黙が遊びもせず射撃のためだけにハワイへ通っていることを見抜いていた。
 男は黙に一枚のカードを渡した。そこにはただ電話番号らしき数列が一行記されているだけだった。ここへ連絡すれば日本国内で銃を撃てるようにしてやる、それだけ告げ男は去った。
 もう何度もハワイへ行くほどの資金はなかった。単調な工場勤務にも飽き飽きしていた。黙は渡された番号へ電話した。あらわれた男に車に乗せられると郊外のカラオケボックスへ連れて行かれた。従業員用の入り口から地下へ降りるとそこは秘密の射撃場なのだった。新旧さまざまな銃が揃っていた。それらの銃をいつでも好きなだけ撃っていいという。条件は一つ、組織の指示した人物を殺すこと。つまり殺し屋になれということだった。
 黙は条件を受け入れた。はじめの指令は、山中に呼び出された一人の男を撃つことだった。簡単な仕事に思えた。だが標的の男もまた銃を持っていて黙の接近を察知すると先に発砲してきた。さらにその場には別の男も潜んでいて銃撃を始めた。三つ巴の撃ち合いになった。それは殺し屋としての適正を確かめるため組織の仕組んだテストだった。三人のうち生き残った一人が採用されるというわけだった。黙は他の二人を倒した。こうして黙は殺し屋になった。

 名目上、彼は組織の所有するビルの管理人という役職を与えられた。その後彼は三人ほど標的を与えられ、そつなくその任務をこなしていた。
 たまに射撃場へ練習に行く。あとはただ組織から指令がくるのをのんびりと待つだけだった。小さなバーが数軒入ったビルに彼の部屋はあった。狭い部屋だが不満はなかった。
 彼はニーチェの『悦ばしき知識』のページを開いた。古いピンク映画について解説した本の中で『暗殺のポルノ』のストーリーは『悦ばしき知識』を下敷きにしているという記述を目にし、彼はこのニーチェの著作を手に入れたのだ。
 彼が気に入っているのはこんな一節だ。

一つの湖がある、その湖はある日流れでることを諦め、そして、今まで流れでていた所に一つの堤防を築いた。そのとき以来、この湖はますますその水嵩を高めていった。おそらく、あの断念こそは、またわれわれにも、断念そのものをもちこたえさせる力をば、授けるであろう。おそらく、人間は、彼がもはやある神の中へと溢れ出してゆかなくなるそのときから、一そう高くへと上ってゆくだろう。(信太正三訳)
 映画『暗殺のポルノ』で、クライマックスの銃撃戦はダム湖の巨大な堤防を背景にして行なわれる。
 彼はさらにポルノ映画とニーチェ哲学の関連性を見出そうとページをめくりつづけた。
 深夜だが階下のジャズバーから漏れる音楽がかすかに部屋に響いていた。向かいのビルのネオンサインが窓に映っていた。明け方近くに彼は眠った。

 目覚めたのは昼前だった。何気なく携帯電話を見ると不在着信の表示があった。
 彼は今まで眠っていて電話の着信音に気づかなかったことは一度もなかった。特に疲れているわけでもないのに、何かがおかしい気がした。ともかく番号を確認すると組織の特別な連絡用のものだった。殺しの指令専用の番号である。
 黙はその番号を呼び出した。
「黙ね」相手は言った。女の声だ。
「あんたは誰だ?」
「組織の連絡員よ」
「女の連絡員がいるとは聞いてないぞ」
「そう?」
「ふん、まあいい」
「下の駐車場にいるわ。赤のスパイダー」
 黙はビルの裏にある駐車場へ降りていった。
 スパイダーの運転席で女が待っていた。
 長い黒髪、大きな黒い瞳、肌は牛乳みたいに白く、唇だけが車のボディのように艶めいていた。
 助手席に黙を乗せると女は車を出した。
「私の名はエン」女は言った。
 車は国道へ出てスピードを上げた。
「あなた、アニメは見る」
「えっ?」思わず黙は聞き返した。
「アニメよ。テレビでやってるマンガ。あのアニメ」
「そんなもん見ねえ」
 組織の連絡員がなぜこんな質問をするのか疑問だった。
 女は前を走るトラックを追い抜くことに夢中になっていた。
 黙はそもそも最近はテレビもほとんど見なかった。
 彼が唯一好きなアニメは子供のころに見た『スコーピオン・アルファ』だ。これは“スコーピオン・アルファ”というコードネームを持つの二重スパイを主人公としたアクションものだった。その中でも本当に好きなのは最初の三話までだった。この三話までの演出は子供向けのアニメとしてはあまりにも不条理で非情で虚無的と言われ、その上、度を越したエロスまで盛り込まれていた。そのためスポンサーからクレームがつき演出家は交代させられてしまった。四話以降の演出を担当することになったのは児童文学の研究家で兵器マニアというこれも変わった男だったが、『スコーピオン・アルファ』を健全な娯楽作品としてたて直し、映画版の監督もした。これが評判を呼び、後には自分のアニメ製作会社を設立してヒット作を連発。今やその男は国民作家と呼ばれ、そればかりか作品はアカデミー賞にノミネートされカンヌやベルリンでも称讃される世界的巨匠となっていた。
 その一方でアニメ業界を追われた初代の演出家が今どこでどうしているのか誰も知らないという。この演出家の名が室未知也といって、あの『暗殺のポルノ』の監督と同一人物であることを黙が知ったのはずいぶん後になってからのことだった。
「今度の標的だけど、蓑原智史って知ってる?」エンが言った。
「いや、知らねえな」
「『精霊戦器エランヴァイタル』ってアニメの監督なんだけど」
 アニメに興味のない黙もそのタイトルは知っていた。何しろ社会現象的とまで言われる大ヒット作で、関連商品はコンビニにも並んでいたし、その画像を使ったパチンコ台まであった。
「じゃあ、けっこう有名人なのか?」
「そうね」
「なんだってアニメの監督なんか撃たなきゃならないんだ?」
「知らないわ。あなたも知る必要はないはずよ」
「ふん」
「後のことは情報屋のデクから聞いて」
「わかった」
 車は一周して元のビルの前に戻った。黙を降ろし、スパイダーは走り去った。

 黙は部屋に戻り盗聴防止装置のついた電話で情報屋のデクを呼んだ。
 相手が出たがスクランブラーが作動してノイズしか聞こえない。チャンネルを順に変えていくと、一瞬だけ「そっちのチャンネルを……」と言ってるのが聞こえた。
 こっちのチャンネルを変えるな、と言われた気がしたのでそのままにしておくと、やがて通話ができるようになった。
「おい、チャンネルをいじるなよ」
「いじってねぇよ」
「黙か。幹部に言っといてくれコードをころころ変えるなって」
「そんなことより仕事の話だ」
「何の仕事だ?」
「こっちはお前から聞けと言われたぞ」
「誰からだ?」
「エンって女だ」
「知らんな、そんな女……で、標的は?」
「まて、おかしいじゃないか。なぜ連絡がいってない」
「うちの組織もいろいろゴタついてるからな」
「どういうことだ?」
「ともかく標的の名を言えよ。進行中の計画はいくつもある」
「蓑原とかいう、アニメの監督だ」
「ああ、その件か。お前が殺ることになったんだな?」
「そうだ」
「だったら手筈は整ってる」
「聞かせろ」
「今日午後三時、いつもの駅前駐車場で車を受け取れ。黒のオデッセイだ。それからそこでトミタという男と落ち合う。そいつがお前を標的の居場所まで案内する」
「何者だ?」
「アニメ屋の業界ゴロってところだな。今じゃあそこも大金が動くだろ。ハイエナみたいな連中がうろつき出してる。だいじょうぶ、こっちのやることは承知してるから、まかせておけばいい」
「何で先に標的の居所だけ教えないんだ?」
「蓑原は例の映画の製作が追い込みで複数のスタジオを飛び回っている。動きが読めないんだ。で、内部情報の提供者とコンタクトが取れるやつが必要ってわけだ」
「映画って何だ?」
「知らないのか、『エランヴァイタル』の映画版だよ」
「へえ、しかしなぜ殺さなきゃならないんだ。アニメの監督なんか?」
「さあな、はっきりしたことは知らんが。噂によるとどこかのカルト教団と揉め事を起こしてるらしい」
「カルト教団?」
「ああ、蓑原のアニメはオカルトや宗教関連の画像をそのまま画面に組み込んで使っていたんだ。そういう画像のどれかがその教団のイコンを冒涜したんじゃないかって言われてる」
「それで殺すって言うのか?」
「いや、たんなる噂だがね」
「で、そのトミタって男だが、仕事の後はどうする。連れて逃げるのか?」
「標的の死亡を確認したら、それぞれ消えりゃいい。ま、ボディガードがいるわけじゃなし、あわくって逃げ出すようなことにはならんさ」
「わかった」

 午後三時。駐車場でオデッセイを見つけ黙は乗り込んだ。
 キーはついたままだ。
 隣の車が静かに出て行く。あれが組織の監視員なのだろう。
 その場で十五分ほど待ったがトミタという男はあらわれなかった。
 携帯からデクに電話をかけた。
「トミタとかいう奴まだ来ないぞ」
「三時にそこへ行けと伝えてあるんだがな」
「それで来ないっていうのはどういうことだ」
「こっちから連絡してみる。もうしばらく待て」
 電話を切って五分ほど経つと、茶色のスーツを着た小太りの男が、ハンカチで汗を拭きながら黙の車へ近づいてきた。
 男は運転席のウインドウへ上気したピンク色の顔を寄せるとにっこり笑った。
 黙はシールドを降ろした。
「いやぁ、すみませんねえ。すっかり遅れちゃって。いやその、ちょっとトラブルがあってですねぇ」
「あんたがトミタか?」
「えぇ、そうです。トミタです。どうも」
 黙は助手席へ乗るよう身振りで示した。
「何だ、トラブルって?」助手席へ乗り込んできたトミタへ尋ねた。
「それがですね、どうも、妙なことになって」
「何がだ?」
「あ、これ蓑原の写真です」
 トミタの差し出したスナップを黙は受け取った。暗い顔をしたなで肩の男が写っていた。
「ええその、蓑原智史なんですが、どうやら行方不明になってるようなんです」
「行方不明!?」
「ええ、もっともこの人が仕事中にふいに現場からいなくなるってことは以前からちょくちょくあったらしいんですよ。まあ気分屋というんですかね。だが今回は連絡が取れなくなってもう三日。本格的な失踪じゃないかってスタッフは大騒ぎですよ」
「で、おれたちはどうするんだ?」
「とりあえず蓑原のマンションへ行ってみましょう。何か手掛りがあるかもしれない。案外、部屋にこもりっきりなんてこともあり得ますし」
 黙はトミタの案内で車を走らせた。
「しかし、何だって急に失踪なんか……?」
「ええ、それが、業界内じゃヒロイン役の声優に言い寄ってふられたのがショックだったんだろうなんて説が囁かれてますがね。実際のところは、まあ、やはり危険を感じたんじゃないですかね。例の件で」
「カルト教団を怒らせたってあれか」
「ああ、いや。そういう噂もありますがね。もっとヤバイ問題があるんですよ。彼の作った映像には」
「何だ?」
「それがですね、彼のアニメーションでは、独特のタイミングで光を点滅させ、イメージを切り替えていくことで、まあ、その、視聴者の精神をあやつってるじゃないかって、いわゆるサブリミナル・コントロールっていうんですかね」
「それはあれだろ、映画館でコーラの売り上げが伸びるっていう」
「ああ、よくご存知で。まあ、そのコーラの件はデマだったらしいんですがね。蓑原が基にしたのは数年前、あの、あるゲームをアニメ化した作品で、それを熱心に見てた子供たちが日本中で一斉に発作を起こした事件があったでしょう。彼はその時の映像を細かく分析して密かに応用してるらしいんですな。大衆の精神を映像でコントロールできるテクノロジーとなれば、世界中の情報機関が喉から手が出るほど欲しがってるものだ。それをたかがアニメーター上がりの監督なんかに好きなようにいじられちゃあ、その筋の連中が黙っちゃいませんわな」
「アニメーターか。蓑原ってやつは自分で絵を描くのか?」
「ええ、もちろん。アニメの監督の中には自分じゃ描かないってタイプもいますが、蓑原は原画にも細かく手を入れるほうで。まあ師匠筋の長岡肇に近いタイプですな」
「長岡肇か……。蓑原は長岡の弟子だったのか?」
「ええ、そう言われてますがね。一時期、長岡の現場に参加してましたから。もっとも蓑原はアマチュア時代から天才的な才能を発揮していて、とくに何かを教えられたというわけでもないのかもしれませんが」
「『スコーピオン・アルファ』で途中から演出を交代したのが長岡だったな」
「おお、『スコーピオン・アルファ』お好きですか?」
「おれが好きなのは最初の三話までだ」
「ほお、室未知也が演出した分ですな。あれは、なんと言うかその、奇妙な話でしたな」
 そう、確かに元ポルノ映画の監督だった室未知也演出の『スコーピオン・アルファ』の初期三話はいずれも奇妙な話だった。例えば黙が気に入っている第三話「死と星座」はこんな話である――。

 スコーピオン・アルファは、とある人工島都市で起きている連続ビル爆破事件の調査を命じられる。人工島へ赴いたスコーピオンは早速敵の襲撃を受ける。その島は第一話でスコーピオンが壊滅させたシンジケートの生き残りが罠を仕掛けて待ち伏せていたのだ。本土と繋がる橋は封鎖され、通信も妨害される。孤立無援の状態におかれ追い詰められたスコーピオンだったが、新たに発生したビル爆破の混乱に乗じて危機を脱する。当初ビル爆破はシンジケートが仕組んだものと考えられたが爆破犯は別にいるらしい。
 これまで爆破のあった地点を地図上に記していくと、それが蠍座のかたちを描いていることをスコーピオンは発見する。これまで爆破があったのは12ヶ所。それで13番目の爆破地点を蠍の尾の先端と予測し、その場所を調べるスコーピオン。だがそこにもまた恐るべき罠が。第二話でスコーピオンに倒された殺し屋“四暗刻”の妹が復讐のため待ち伏せていたのだ。そこへ爆破地点で蠍座を描くことでスコーピオンは偵察機で監視している味方へ救助信号を送っているというニセ情報に導かれたシンジケートの暗殺部隊が突入してくる。暗殺部隊と四暗刻の妹は相討ちになり共に倒れる。こうして事件は解決し、スコーピオンは人工島を後にする。

 黙が黙ってひとり「死と星座」のストーリーを一通り思い返したところでトミタが声をかけた。
「ところで黙さん。ひとつ聞いていいですかね」
「何だ?」
「殺しにはやはり銃を使うんで?」
「そうだ」
「銃は何を?」
「コルト・コブラのスナブノーズだ。刻印のないコピー品だがな」
「ほほお38口径ですか?」
「そうだ」
「コピー品というと、やはり精度は落ちるんでしょう」
「いや、組織の特注品だ。調整も念入りにしている。メーカー品より高性能だ」
「それは心強いですな」
「そろそろ着くだろ」
 黙がそう言うと、トミタは周囲を見渡して細かい道順を告げた。
 蓑原の部屋があるマンションは高級そうで趣はあるもののかなり古びたマンションだった。オートロックもない。
「管理人は?」
「老人が一人だけ、こちらから呼ばなければ出てきません。防犯カメラも形だけで作動はしてません」
 二人はマンションの玄関へ入っていった。
 管理人室は空で、ほかに人の気配もなかった。
 エレベーターの中で二人とも外科医のようなゴム手袋をつけた。
 最上階の十階で降りた。廊下も静まり返っている。蓑原の部屋は1011号室だった。
 部屋の鍵はトミタが持っていた。蓑原は、ちょっとした資料などを自室に取りに行かせるために製作会社のスタッフに合鍵を預けてあり、それを隙を見て複製したものだった。
 ドアを開けると一見、空き部屋かと思うほどがらんとしていた。
 トミタはまっすぐ奥の部屋へ入っていった。黙はバスルームとキッチンをチェックした。使われた形跡はあるがきれいに片付けられている。冷蔵庫の中にはバターとオレンジジュースがあるだけだった。
 居間には大量の本とDVDが無造作に積み上げられていた。
 もう一つの部屋には作業用の机とベッドがあった。机の上には使い込まれた画材が一揃いとノートパソコンがあった。
 トミタがパソコンのモニターを見ていた。薄暗い部屋の中でその画面だけが光っていた。
「何かあったか?」
「いえ、手掛りになるようなものは何も。ただビデオ編集用のソフトが入ってますよ」
「それがどうした」
「まあ、みて見ましょうよ」
 トミタがキーを叩くと音楽とともに動画ファイルが再生された。
 アニメの画面がつぎつぎに切り替わっていく。どうやら『精霊戦器エランヴァイタル』の映像を編集したものらしい。時おり黒い画面になり劇中の台詞を記した字幕が映し出された。
 動画は五分に満たない短いものだったが、黙は息を飲み、目を見開いていた。その映像に見入っていたのだ。
「な……何だこれは?」
「何って、『エランヴァイタル』の予告編ですよ。テレビなんかでもよく流れてるでしょう?」
「おれは初めて見た。これが蓑原が作ったものなのか?」
「ええ、そうでしょうね。彼のセンスがよく出ています」
 黙の頭の中では、今見た映像が何度もくり返し再生されていた。異星からの侵略者と巨大ロボットの戦闘を描いたアニメの断片に、なぜこれほど惹きつけられるのか。
 過去にも一度だけ、こんなふうに一つの映像に取り憑かれたようになったことがあった。それが室未知也の『暗殺のポルノ』である。室の映像も、実写でありながらスチルによるまったく独特なモンタージュ技法で驚異的な効果を生み出していた。それはある意味アニメ的と言えた。この蓑原の予告編で用いられている手法も室のモンタージュと似ているように思えた。
「そういえば」とトミタが言った。「さっきも駅前の巨大モニターでこれと同じやつ流してたじゃないですか。黙さんもぼんやり眺めてたと思いましたけど」
「おれがか、いや、憶えてないな」
「そうですか、信号待ちの間ずっと」
「まあいい。それより手掛りだ」
 パソコンの中からはさしたる情報は得られなかった。二人は手分けして部屋の中を捜索したが、とくに蓑原の行き先を示す手掛りはなかった。
 マンションを出て車に乗り込もうとしたところ、黙は後方に薄汚れた白いビートルが停められてるのを目にした。
 ビートルのドアが開き、グレーのコートを着てハンチング帽をかぶった男が降り立った。ひどく痩せていて顔色も悪い。手には拳銃があった。サイレンサーつきのモーゼルHscだ。
「おいっ」トミタに警告しようとした時、銃火が閃いた。
 トミタは顔に薄ら笑いを浮かべたまま額の真ん中を撃ちぬかれていた。
 黙はオデッセイの陰に飛び込んだ。銃弾が車のリアウインドウを砕いた。
 小太りの男は顔に血を流しながら、危ういバランスでしばらく立っていたが、やがて倒れた。
 黙はコブラのコピー銃を抜いた。夕暮れの住宅街、今のところ人通りはない。
 アスファルトの路面に倒れたまま銃を構える。ここは待つ一手だ。
 殺し屋の気配はまるで感じられない。黙は車体と歩道の植え込みの間に寝そべって、車の前方へ狙いを定めていた。歩道の縁石に体を乗せているので、シャーシの下から狙われる心配はないが、敵の足の動きも見えなかった。
 時間がゆっくりと過ぎる。
 視界の隅で何かが動いていた。目を凝らすとドアミラーに人影が写っているのが見えた。殺し屋が背後から慎重に狙いを定めている。
 黙はとっさに体をのけぞらし、天地逆さの標的へ銃弾を続けざまに撃ち込んだ。
 男は倒れた。手から離れた拳銃が路上を滑っていった。
 敵が動かないのを見定めると、黙はオデッセイに乗り込みその場を離れた。

 二十分ほど車を飛ばし、駅近くの繁華街のはずれで停止した。
 携帯電話を情報屋のデクへかけた。呼び出し音が続き、やがて伝言サービスに繋がる。何も言わず通話を切った。
 ふたたび車を出そうとした時、急に視線を感じた気がして手を止めた。
 道の反対側にアダルトDVDの販売店があった。ショーウィンドウにモニターが設置されていて、画面の中から女が無表情な目を向けていた。
 宣伝用の映像だろうか。だが、黙はその女には見覚えがあった。
 そうだ、それは今回の指令を黙に伝えた組織の連絡員、エンという女にそっくりだった。
 モニターの映像はすぐに、波が打ち寄せる南国の砂浜の風景に変わってしまった。
 何だ、今のは。他人の空似か。いや、似すぎている……。
 黙は車を降り、店の中へ入っていった。
 有線放送のBGMが大音量でかかっていた。それに混じって女のあえぎ声が聞こえた。店内で流しているアダルトDVDの音声だ。
 入り口近くにはバイブレーターやあやしげな薬品、コスプレ用の衣装などが展示され、奥にはDVDを詰め込んだ棚が並んでいた。
 レジにはエプロン姿の大柄で寝ぼけ顔の男がいた。
「おい」と黙は声をかけた。
「何でしょう」
「おもてにモニターがあるだろう」
「ええ、ありますね」
「今さっきそこに女の顔が映っていたんだが」
「えっ、女の顔!?」
「そうだ」
「いや、そんなはずはないですよ。おもてのやつはイメージビデオでずーっと海辺の風景だけ映してるんですから」
「何だそれは。何の意味があるんだ?」
「意味と言われても、べつに深い意味はないんじゃないですかね」
「おれは女を見たぞ」
「そう言われてもねえ、店内の方じゃアダルトのやつ流してますがね」
 黙はふと店員の背後に貼られているポスターを見た。アイドル歌手みたいなドレスを着た女の写真だった。顔を見るとそれは確かにあのエンという女だった。
「おいっ」黙は店員につかみかかった。
「な、何すか」
「このポスターは何だ?」
「何って言われても。メーカーから送られてくるやつをただ貼ってるだけで」
「この女が出てるビデオがあるのか?」
「ええ、ありますよ。DVDですがね。今ちょうど店内で流してるやつで」
 店員はレジの下からDVDのパッケージを出して黙に渡した。
 表面はポスターと同じ写真が使われたデザインで、裏面はいろんなかっこうで男と絡み合っている写真がコラージュされたものだった。モデルの名は人見円となっていた。
「ヒトミ……エン、か」
「いや、こりゃ、まどかって読むんですよ」
 黙はパッケージを突っ返し、店内のモニターを見に行った。
 画面の中では裸の女が、ペニスのついた黒いマネキンの前で自慰行為にふけっていた。
 女の顔がアップになる。恍惚の表情を浮かべているが、やはりそれはあの女だ、と黙は思った。

 アダルト・ビデオが流行り出したころ、室未知也は一度ピンク映画の世界へ復帰したことがあった。室が書き上げた脚本のタイトルは『続・暗殺のポルノ』。
 だが彼はこの作品を完成させることができなかった。撮影は一通り終えていたが、編集の仕方をめぐって映画会社と対立し現場から放逐されてしまったのだ。
 結局作品は会社側の望むかたちで完成し、『ロリータあいどる本番台本』と言うタイトルで公開された。
 黙は名画座でこの映画を見た。内容はこんな感じだ。

 あるアイドル歌手がひき逃げ事件を目撃する。そのひき逃げ犯は政界の大物の息子で、目撃者を始末するために殺し屋を雇う。
 アイドルの宿泊するホテルに侵入する殺し屋。アイドルは営業を終えた深夜のレストランで一人ピアノを弾いている。彼女は歌手を職業とするにはあり得ないほどの音痴だったがピアノは天才的に上手いのだった。アイドルを背後から狙う殺し屋。だが、なぜか引き金を引けずにその場から立ち去る。
 次の夜、殺し屋はシャワールームのカーテン越しに女を射殺する。死体を確認すると、それはアイドルではなくレズの女マネージャーだった。
 ここから映画はそれまでの緊張感を失い、ただひたすら男を取り替えながらセックスに明け暮れるアイドルの描写だけがつづく。最後はとくに脈絡もなく男女数十人による乱交パーティーになり、そこへ突如あらわれた殺し屋がアイドルを射殺、それで終わりだ。

 黙はオデッセイを駐車場に入れた。リア・ウインドウの一部が割れたままだが仕方がない。車の後部はコンクリートの壁に面しているので目立つことはないだろう。
 自室に帰ろうとビルに入っていくと階段のところで黒いスーツの男が一人、爪にやすりをかけていた。浅黒い肌をした背の高い男だ。組織の幹部の用心棒だった。 「よお、黙」とかすれた声を出した。
「どうした?」
「幹部がお呼びだぜ」
 黙はシルバーグレイのデビルに乗った。
 着いた先は、組織が乗っ取り改装中のキャバレーだった。
 赤い絨緞の敷かれたフロアに銀の丸テーブルを出して幹部が待っていた。
 幹部の背後にも一人用心棒が控えていた。二人の用心棒は双子のようによく似ていたが、一人のほうは潰れた右目を眼帯で隠していた。
 幹部は煙草の煙をゆっくりと吐き出すと、灰皿をそっとつつくようにして火を消した。
「黙、今日の午後はどこへ行っていた?」
「蓑原智史のマンションへ」
「何しに行ったんだ?」
「そいつが失踪したって言うんで、手掛りを探しに」
「探してどうする?」
「どうするって、蓑原を殺せってのが組織の指令でしょう」
 幹部は無言でテーブルの上のライターを見つめ、少しだけ位置を直してから黙へ目を向けた。「指令か。誰から聞いた?」
「エンていう、女の連絡員だ」
「女の連絡員などいないということはお前も知ってるだろう?」
「だが、組織の専用回線で連絡してきた。疑う必要もないでしょう?」
「いや、お前は疑うべきだった」
「待ってくれ。じゃあ、蓑原を殺せっていう指令は……?」
「そんな指令は出してない」
「だが情報屋のデクは計画を進めていた」
「その情報屋とは三日ほど前から連絡が取れなくなっている」
「じゃあ、一体……!?」
「黙、お前はそのエンとかいう女と直接会ったのか?」
「ええ、会いましたよ」
「どんな女だ?」
「どんなって……、ああ、そうだ。人見円ってAVに出てる女がそっくりで」
「AVだと」幹部はまたライターへ目を向け位置をずらした。
 片目の用心棒が甲高い声を上げた。「黙、おめぇ、AVの見すぎで頭をやられたな」
「何だよ」黙は用心棒へ眼を飛ばした。
「あっ、何だよ、何だよ」片目がものまね鳥ように奇声を発した。
「まあ待て」幹部がライターを手に取り一度火のつけてからポケットに収め、立ち上がった。黙の肩に手を置いて言う。「今は勝手に動かれると困るんでな。しばらく謹慎しててくれ」
「わかりました」
「それから、拳銃はここに置いていけ」
 黙は黙って拳銃を抜き、テーブルに置こうとした。
 片目の用心棒が早く動きすぎた。
 ライターの火か、と黙は思った。あの火を見たとたんに二人の用心棒に緊張が走るのを彼は感じ取っていた。殺しの合図というわけだ。
 片目が懐からワルサーP-38を抜いた。
 黙はリヴォルヴァーを指先で一回転させトリガーを引いた。
 右肩に弾丸を食らって片目が倒れる。
「黙、てめぇ」
 背後でかすれ声の用心棒がベレッタM92Fを抜いた。
 黙は幹部に足ばらいをかけて銃口の方へ突き倒した。
 用心棒の銃弾が幹部の心臓を直撃する。
 コブラがかすれ声の頭を撃ち抜いた。
 片目の用心棒が床でのたうちながら左手でワルサーの狙いをつけようとしていた。黙は左胸を狙ってとどめを刺した。

 黙はタクシーを拾って自分の部屋へ帰った。
 組織の幹部を殺した以上は、もうここに留まることはできなかった。
 持ち出す必要があるものは多くはない。予備の銃弾と偽造のナンバープレート、それに『悦ばしき知識』の文庫本それだけだった。
 駐車場で偽のナンバープレートを取り付け、車の中で銃弾を詰めかえた。
 オデッセイでしばらく走り、24時間営業の大型スーパーを見つけた。広い駐車場の真ん中に車を停めた。
 店に入り食料を買った。ついでにカー用品のコーナーで〈BABY IN CAR〉とプリントされたステッカーを手に入れた。
 リア・ウインドウの銃弾で砕けた部分にステッカーを貼る。気休めにしかならないが、遠目にはごまかせるだろう。
 時刻は深夜一時を回ったところだった。とりあえず朝までここで過すことにする。
 カーナビにTVチューナーが内臓されていたので、ニュースでもやってないかとスイッチを入れた。サンドイッチをかじりながらチャンネルを変えていくとアニメをやっている局があって思わず手を止める。
 それは『精霊戦器エランヴァイタル』の再放送だった。ちょうどはじまったばかりで導入部がおわり「EPISODE19 : 非Aの鏡像」とサブタイトルが出た。
 黙は結局その番組を最後まで見てしまった。それはこんなストーリーだった。

 海上に出現した海星型のモンスターを迎撃するため、巨人型のロボットで出撃した主人公の少年とヒロインの少女。敵に接近すると間もなく、少年の搭乗したロボットはモンスターから放出された黒い球体に飲み込まれ動けなくなってしまう。だが、少年が、少女の乗る二号機が攻撃を受け墜落してゆくのを目にすると、それまで隠されていたロボットのパワーが目覚め、増幅された力によって球体を打ち破り、モンスターを倒すのだった。
 二号機から射出された脱出カプセルを回収し、少年の一号機は基地に帰還する。  夕陽をバックに基地へ着陸する一号機。この時、出迎えた女性指揮官の目がなぜか不気味に光っている。
 さらに、エレベーターの階数表示が混乱していてなかなか目的の階にたどり着けない、食堂の食事が嘔吐を催すほど不味いなど、奇妙な出来事が続く。
 自室に戻った少年、電話で少女から呼び出される。少女の部屋へ行くと、少年はバスルームへ引きずり込まれる。少女は下着姿でシャワーを浴びている。会話を盗聴されないためこうして話す必要があるのだと言う。
 彼女は少年に告げる。近くこの基地に新たなパイロットが二名配属される。それと同時に自分たち二人は失敗作として抹殺されるだろう。自分たちが生き延びるためには基地司令を射殺し、その混乱に乗じて外部へ逃走するしかないと。
 少年が躊躇していると、ならば自分がやると少女は拳銃を手に部屋を飛び出していく。後追う少年。だが、なぜか基地の通路が迷宮化していて少女を見失ってしまう。
 基地内をさまよううちに少年は警備兵に拘束され、基地司令の前へ連行される。
 司令官は自白剤を打たれ苦しんでいる少女の姿が映されたモニターを少年に見せる。
 基地司令は言う「君たち二人は侵略者に精神をコントロールされているのだ」と。
 少年にも自白剤を打つため、医師が呼び出される。少年の腕に注射器を射そうとする。思わず突き飛ばすと、医師の全身が溶解しゼリー状のうごめくかたまりと化してしまう。すると基地司令は狂ったように目を光らせ、少年の首を絞めにかかってくる。苦しむ少年。そこへ拳銃をもった少女が飛び込んできて基地司令を射殺する。基地司令もまたゼリー状に溶解してしまう。
「この基地は侵略者に乗っ取られているわ。一緒に逃げるのよ」
 少女に手を引かれ、通路を走る。だが少年はその手がドロドロに溶け出していることに気づく。手を離し立ちすくむ少年。崩れ落ちていく少女の体。
 そこへもう一人同じ顔の少女があらわれる。「私は本物よ」
 だが、さらにもう一人、いや二人、三人と同じ顔の少女が続々とあらわれる。
 いつの間にか少年は体の溶けかかった無数の少女たちに取り囲まれている。
 絶叫する少年。
 ふと気づくと彼はロボットのコクピットにいる。
 いまだモンスターの黒い球体に捕らわれていて、夢を見ていたのだ。
 通信機に女性指揮官の声が響く。「意識をしっかり持って。敵は精神を乗っ取ろうとしているのよ」
 少年は海上に墜落した二号機を目にする。するとやはりロボットのパワーが目覚め、モンスターを撃退するのだった。
 帰還する一号機。夕陽をバックに基地へ着陸する場面でこの回は終わる。

 しばらくして黙は眠りについた。
 明け方に目覚めると、広い駐車場に他の車は一台も無かった。アスファルトの上をゆっくりと霧が流れていた。店のトイレで顔を洗った。
 菓子パンと缶コーヒーで朝食をとっていると携帯電話が鳴りだした。
 出てみると、相手の声はあの女、エンのものだった。
「どうやら生きていたようね」
「あんたか。何者なんだ、あんたは?」
「私は私。忘れたの?」
「あんたは組織の人間じゃないって聞いたぞ」
「そう、彼らにとってはね。私たちの組織は今、内部抗争で二つに分裂しているのよ」
「そいつは知らなかった」
「あなたはこちらにつくのでしょう?」
「勝手に決めてもらっちゃ困る」
「あなたはすでに向こうの幹部を殺してるのよ。選択の余地はない筈」
「ところで、おれはあんたが出てるポルノを見たぜ」
「そう、私は女優でもあるのよ」
「あれが女優の演技かね」
「でも多分、あなたが見たのは私ではないわ」
「じゃあ、誰なんだ?」
「あなたは、あなた自身の願望を見たのよ」
「おれの願望はあんなものじゃないぜ」
「そう、とにかく、あなたは任務の途中でしょう」
「蓑原を殺るって話か?」
「そうよ」
「なぜ殺るんだ、理由を教えてくれ?」
「なぜ……なぜ……、なぜ理由を聞く必要があるの? 今までのあなたはそんなこと何も気にもせず暗殺を遂行してきたのに」
「おれには聞く権利がある」
「殺し屋に何の権利もないわ。それともまさか彼のアニメが好きになったとでも言うの」
「いや……そんなことはない」
「情に流されたら殺し屋は終りよ」
「ああ、殺ればいいんだろう」
「蓑原の居場所が判明したわ」
「どこだ?」
「神奈川県箱倉市。そこに親戚が所有する別荘があるのよ」
「聞かない地名だ」
「カーナビに聞きなさい。住所を言うから暗記して」エンの告げる住所を黙は記憶した。「これがあなたの本番台本よ。失敗は許されない、そのつもりで」
 エンは通話を切った。

 カーナビの指示通りに二時間ほど走ると箱倉市についた。住所をたよりに別荘を見つけ出した。
 そこは海の近くで同時に山奥といった場所だった。小さな家屋が一つ。他に建物はなかった。ここなら銃声が響いても気に留める者はいないだろう。
 玄関に近づく。黙は右手に拳銃を持ち、左手でドアノブをつかんだ。
 鍵は掛っていなかった。そっと別荘内に侵入する。靴のまま廊下に上がり、ドアを一つづつ開いていく。どの部屋も最近使った形跡はない。
 一番奥のドアに耳を寄せる。かすかに人の声が聞こえた。
「同じことだ、何度繰り返せば気が済む?」
「おれは何ひとつ繰り返してなどいない、何ひとつだ!」
 そして銃声。
 だが本物ではない。映画の中の効果音だ。
 黙はこのやり取りを記憶していた。『暗殺のポルノ』の一節である。
 ドアを開けた。
 その部屋にはホームシアターが設置されていた。正面のスクリーンに映像が投射されている。入り口に背を向けて座っている人物の影が見えた。
 ドアを開けたせいで光が入った。気づかないはずはないのだが、椅子の上の人影は振り向こうともしなかった。あるいは眠っているのかもしれない。
 黙は部屋に入りドアを閉めた。
 映像を見ると、アニメに変わっていた。『スコーピオン・アルファ』の一部だ。そしてすぐにカラーのピンク映画の映像になり、また『暗殺のポルノ』にもどった。これは複数の映像作品を編集したものらしい。『精霊戦器エランヴァイタル』の場面もあった。そのセンスは蓑原智史の手によるものだろうと黙は察した。
 どうやらストーリーは『暗殺のポルノ』をなぞるように進んでいるらしい。時に前後が入れ替わり、時に停滞し、また時には別のストーリーに迂回していった。場所によっては目に止まらない速さで映像が切り替わった。
 それはたしかに『暗殺のポルノ』だったが、同時に『スコーピオン・アルファ』であり『ロリータあいどる本番台本』であり『精霊戦器エランヴァイタル』でもあった。
 黙は映像に夢中になっていた。やがて彼は、もう殺し屋として人を撃つことはできないのだという予感にとらわれていた。

 一本の映画によって殺し屋になった黙は、その映画の解体とともに殺し屋であることをやめた。
 じつを言えば、彼はこうなることをあらかじめ予測していたのではないか。だからこそ、彼は存在しない殺人指令を幻覚していたのである。

(2012.04.20/2013.06.12改)

電動アンドロギュヌス

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